410 AWARD EXHIBITIONS
#08

テノヒラのケモノ
YUYA SHIRATORI
2026.03.22(日)-03.25(水)
触れる記憶。
想いのかたち。
手のひらに宿る、獣。
白鳥 雄也 - YUYA SHIRATORI -
1986年神奈川県生まれ
UNKNOWNWORKS代表
造園業の傍ら、伐採木や廃棄物で彫刻をつくる。
自然と人間の内面を重ね合わせた作品を制作している。
アメリカ、タイで彫刻と空間表現を学び、帰国後は個展・グループ展・公募展に参加。
また、ダンスや音楽を取り入れたパフォーマンス活動も行い、ジャンルを越えて表現の可能性を探っている。
木々から彫出される異世界の生命体
白鳥雄也
人類が遠い未来に到達するであろう異星の生物たちがうごめく空間。そんな錯覚を起こさせる作品群だった。しかもそれは、地球の木々から彫出されたものだ。手で触れれば温もりを感じて、これは生命体なのではないかという実感が迫ってくる。
しかしそれらは、作者が創り出し、名付けた「テノヒラのケモノ」という新たな生物種なのだ。

最-sai-

克-koku-

幽-yu-
■テノヒラのケモノの源流
ひときわ目を引いたのは「環―kan」というタイトルの作品。1本ずつ角が生えた2つの頭が表裏で一体化して、角が直径1mほどの環を描いている。東京都台東区谷中の大雄寺にあるご神木、クスノキを治療するため枝下ろしした材を使って作ったという。
もともと「角」に興味があった。父が経営するベビー用品の会社のロゴがヘラジカをモチーフにしたもので、幼い頃からよく見てきた。
そうした知識を得て「角獣」という生物を着想した。それが「テノヒラのケモノ」の源流だ。造園業を営みながら、伐採木や廃棄物を使って、そうした作品を生み出し続けている。

「環-kan-」に触れる白鳥雄也

■アメリカ、タイでの学びと挫折
幼い頃はレゴブロックが好きだった。説明書は読まず、思うままに組み立てた。中学高校時代は細密画を描いていたが、青春パンクバンドのエレキ・ボーカルとしても活動。高卒後はアメリカに渡り、アラバマやボストンで美術学校に通った。
グラフィックデザイン、版画、彫刻を学び、先生の紹介でタイ・チェンマイへ。そこで竹細工に出会った。山奥にあふれている竹を地産地消で工芸品にするという仕組みに刺激を受け、ボストンに戻ると「ここで何ができるか」と考えた。
街中を歩いていると、自転車が目に付く。実はボストンは自転車にフレンドリーな街として知られ、専用レーンがあり、レンタルも充実している。観察していて、パンクしたタイヤが捨てられているのに気づいた。「タイの竹はボストンのタイヤだ」…すぐにリサイクルボックスを作ってタイヤを回収。編み込んで籠を作った。廃棄物を使った制作の原点はそこにある。
5年間過ごしたアメリカでは挫折も味わった。転校先の学校では溶接を学んだが、来る日も来る日も地下室での作業。経験がなさすぎて落ち込み、帰国した。しばらく実家で過ごした後、アジア雑貨の店でデザインの仕事に従事。父の会社に入ったが、うまくはいかなかった。
忘-bou-

湧-you-

沼-shou-

溢-itsu-
■芸術に触れていない自分は死んでいる
自分はいったい何がしたいのか。部屋で考え続け、昔作った作品をふと握りしめたら、そこに自分がいた。芸術に触れていない自分は、死んでいるのと同じだ。興味があった遺跡発掘や造園の仕事をしながら、作品制作に取り組み始めた。
ひらめきの源は様々だ。モデルとなる人に生き方を尋ねたり、自分自身の内面や感情と向き合ったり…。水や木、光など自然界のエネルギーを形にすることもある。最近は「対」となる作品が多いが、それは人と人の関係性、対話の重要性を感じているからだ。
岡本太郎やイサム・ノグチを敬愛する。将来は、屋外で人が触れることのできる作品を集めた公園を作るのが目標だという。
(ライター・藤堂ラモン)

最近は「対」を意識した作品が増えている

相-ai-

環-kan-Ⅲ

相-ai-Ⅱ

3Dプリンターで作った手のひらに乗るカラフルな作品も

#07

切り絵の世界展
Kiri - shi 長屋 明
2026.1.8(木)-1.11(日)
0.2mmの繊細な線がひときわ存在感を放つ切り絵作品。
額の中でそっと浮かせるように展示することで、線は紙から離れ、まるで空気そのものをまとったかのように軽やかに揺らぎます。
その繊細さは、自然の中に潜む美しさを思い起こさせる――
そんな、空気と光が共演する作品です。
プロフィール
1967年 栃木県日光市出身
1988年 寿司職人の笹バラン細工の匠の美しさに魅せられ切り絵創作を独学で開始
2008年 初個展「長屋 明 切り絵の世界展」杉並木ギャラリー/栃木県日光市
2012年 個展「NY切り絵展」SOMETHIN’Jazz gallery/NY・USA
2015年 個展「奇跡の切り絵展」東京国際フォーラム/東京都中央区
招待「スターウォーズ/フォースの覚醒」公開記念アーティストプロジェクト東京都六本木
2016年 招待「写楽インスパイア展」新宿外苑/東京都新宿

もはや“神業” 誰もが「切り絵」とは信じない超絶技 Kiri-shi 長屋明
大作の「写楽」と長屋明
■「切り絵」と聞いた瞬間に身震い
それが「切り絵」だと言われても、なかなか信じることはできない。
髪の生え際、着物の皺まで微細に描かれた「写楽」の大作。次の作品に目をやると、舞台で見栄を切る歌舞伎役者が振り乱す長い髪は、1本1本が生き物のようにうごめいている。「大海原」と書かれた書は、見事な墨のかすれに達人の風情がある。
何も説明されなければ、これらはデザイン性に優れた極細のペン画であり、書である。そうとしか見えない。見た者は「素晴らしい作品ですね」と言うだろう。しかし、これらすべてが「切り絵」だと聞いた瞬間、身震いする。
「え?まさかそんな…。一体どうやって?」

大海原

■寿司職人の技に魅了されて
20歳の頃、アルバイトした地元の寿司店で、職人が作る「笹切り」を見て魅せられた。笹の葉に包丁で切れ目を入れ、鶴や亀など縁起の良い形に仕上げ、寿司に飾る。「化粧切り」と呼ばれる伝統技法だ。
自分にもできるかもしれないと思い立ち、カッターナイフと紙を使ってやってみると、何となくできるではないか。それが「切り絵」だという認識すらないまま、遊びで続けているうちに上達していった。
工業高校を卒業して光学機器メーカー大手のニコンに就職。米国のNASAなどに収める特殊な製品の部品を作る仕事をしていた。「細かい作業は得意だったし、勘はあったと思う」と振り返る。3年勤めた後、父が鬼怒川温泉(栃木県日光市)で営んでいた土産店を手伝うことに。その後、射的場やレンタルスキー、保険代理店などに事業を展開していった。
その間、20年ほど、切り絵は全くの趣味だった。「芸術を語るなんて恥ずかしくて、とんでもないと思っていた」。カッターの下に敷くマットがあることを知らず、新聞や雑誌を下敷きにして作業。スプレー糊(のり)の存在も知らず、作品を普通の糊で貼ってよれよれになることもしばしばだった。
「4代目歌舞伎」


「龍図」

「龍図」解説
鉄をレーザーで切り抜いた作品も
■東日本大震災とコロナ禍で…
独学で試行錯誤しているうちに、徐々に自らのスタイルを確立。2008年に地元で初の個展を開き、切り絵アーティストとしての活動を始めた。しかし11年、東日本大震災の影響で経営していた店への客足が途絶え、廃業に追い込まれてしまう。
何とかしなくてはと考えていた時、知人から「東京に出て作家としてやってみないか」と誘われて上京。13年に「週刊朝日」のグラビアページで作品が紹介されると、テレビ番組から続々と出演依頼が舞い込み、知名度は急上昇していった。
さあ、これからという時。19年末から始まった新型コロナ禍で個展やイベントはすべて中止に。それでも諦めず、働きながら制作して出品した「Tokyo世界展ランブイエ2022」と「日本・フランス現代美術展」(23年)で優秀賞を受賞。今回の受賞へと続いた。

「ワイルド」



